「戦後初の憲法改正が現実に迫った今こそ、多くの人に読んでもらいたい」

1955年、憲法学者の佐藤功氏が、子ども向けに平易な文体で書き下ろしたのが『憲法と君たち』(新編学校図書館文庫選集・牧書店)で、1960年に体裁を変えて再発行されました。このたび、時代を超えて、NPO法人企画のたまご屋さんを通じて復刊されたのが復刻新装版 憲法と君たち』(時事通信出版局)となります。

当法人の出版プロデューサーらによる協議の結果、この『復刻新装版 憲法と君たち』に「2017年度 たまご大賞」を贈ることを決定し、さる2018年1月末、都内の時事通信ビルにて「贈賞式」を行わせていただきました。

贈賞式後、『憲法と君たち』復刊に尽力なさった佐藤氏のご息女でいらっしゃる さとうまきこ様と、時事通信出版局の松永努社長、剣持耕士取締役、舟川修一部長に、この本をめぐる出来事や思いなどについて、お話を伺うことができました。その模様をお送りします。

(写真は、前列左がさとうまきこさん、右が時事通信出版局・松永努社長、後列右から、剣持耕士取締役、舟川修一部長、企画のたまご屋さん代表理事山本洋之、担当プロデューサー飯田みか

■ 情熱的な手紙でアプローチ

―― 松永社長、非常に熱心に、この出版企画の実現に向けて取り組んでこられたとのことですが、この企画のどういった所に惹かれたのでしょうか

『憲法と君たち』右端が復刻版

松永社長:最初、企画のたまご屋さんでこの企画が配信されているのを見つけたのは剣持で、原稿も読ませていただきました。ぜひ出版したいという思いがありました。ただ、競合があるということで、どうなるかと心配しておりました。まずは方針を決めなければならないと思いました。まったく現代風にアレンジをする方法もあったでしょう。文章だけでなく写真なども入れ替え、現代の青少年に親しみやすいかたちにする方向性ですね。漫画を盛り込んでみたり……。ただ、私自身の10~20代の頃を思い起こしてみると、憲法は今よりも若くて元気で、書かれていることが新鮮に感じられました。昔のままの形で出せば、現在で回っている憲法の本とは、また違ったものができると考えていました。

剣持取締役:この企画を見たときは、心躍る感覚をおぼえました。大学時代、法律をかじっていたものですから、さとうさんのお父様である佐藤功氏の偉大さはよく承知していました。あの佐藤功が60年前に子どもたちに向けて書いた本ということで、まずは「読んでみたい!」と思いました。実際に目を通して、前半も素晴らしかったのですが、第4章の『憲法を守る』というテーマが、まるで今の状況に向けて書かれているかのような印象を受けました。それで、ぜひ現代に蘇らせたいと思ったのですが、他にも出版を希望する会社が複数あると聞いたので、松永からさとうさんに、ラブレターのように情熱的な手紙を送って、アプローチさせていただきました(笑)

―― この『復刻新装版 憲法と君たち』の帯では、気鋭の若手憲法学者の木村草太先生による推薦がなされていますし、中には解説文もしたためられています。依頼なさったときの木村先生の反応はいかがでしたか。

剣持取締役:この本には解説が必要ですし、それを書いてもらうのは木村先生しかいないと思ってお願いしたところ、「光栄です」と快諾してくださいました。佐藤先生の本だからこそだと思います。

 

■ 直木賞受賞作の書籍をヒントにした装丁

―― 書籍の装丁も、良い意味で憲法の本らしくなく、印象的だったのですが、どのような方針で装丁の制作は進めて行かれたのでしょうか。

剣持取締役:思い浮かんだのは、直木賞を受賞した中島京子さんの小説『小さいおうち』のカバーです。温かなオレンジ色で、少しレトロな印象もあって、そんな方向で作ってみたいというイメージがありました。手に取りやすい感じにしようと考えて制作しています。

―― 刊行後に、朝日新聞に採り上げられ、11月3日にニュース番組の『報道ステーション』でも特集されましたが、そのときの反響はいかがでしたか。

剣持取締役:普段では考えられないことですが、電話での問い合わせが引っ切りなしにありまして、おかげさまで書店からの注文も多かったです。さすがにテレビの威力を感じましたね。

松永社長:近ごろの本は、子ども向けといっても、まるで大人が子どもに教えてやっているような雰囲気を感じるものもあります。その点『憲法と君たち』は、著者が子どもと真剣に、対等な関係で向き合って大切なことを伝えようとしている感覚をおぼえます。その雰囲気が今の読者に伝わり、世間に受け入れられ、広まったのだと思います。

■ 編集者として、出版冥利に尽きる

―― 直接われわれにオファーをくださった編集者の舟川さんから、何かございますか。本の制作当時のことを振り返っていかがでしょう。

舟川部長:今までの話で、ほぼ言い尽くされているのですが、テクニカルなことについて言えば、原書を忠実に復刻するにあたって、掲載されている写真やイラストをどのように再録するかを悩みました。当時の写真が残っていればいいのですが、ほとんどありません。原書をバラバラにすればコピーは簡単ですが、手元に1冊しかないのでそうするわけにはいきません。ならば写真だけは、現在手に入る同じ内容のものに差し替えようかとの話も出たのですが、それをすると当時の雰囲気まで再現するというコンセプトから外れてしまいます。ですから、細心の注意を払って原書から写真の部分を複写し、復元することにしたのです。

さとうさん:こんなに綺麗に再現できるとは思わなかったんですよね。

―― 昭和30年当時の熱気が、そのままこの本に封じ込められているように感じられますね。

舟川部長:ちょうど私に中学生の子どもがおりまして、夏休みの読書感想文に「本書をぜひ読め」と勧めました(笑)。 また、この本のご縁で、さまざまな繋がりが新たに生まれました。出版冥利に尽きますね

■ 父との思い出

―― 改めて、さとうまきこさんにお尋ねします。お父様は、家庭ではどういった印象でしたか。

さとうさん:いつも書斎にこもっていたのが印象に残っています。かといって、子どもを寄せつけない父親ではなく、書斎の扉が少し開いているときは、私と兄に入ってきていいよという合図なんです。そのときは中に入って、わたしはお絵かきなどをしていました。

―― 仕事の邪魔をしないよう、静かに絵を描いていらっしゃった感じなのでしょうか。

さとうさん:書斎の扉が開いているときは、一般的な親子と同じで、父と普通に話していました。

―― この本の復刊に向けては、約10年越しで動いていらっしゃったそうですね。

さとうさん:父が亡くなってから、書斎の片づけをしておりました。すると、この『憲法と君たち』の本が出てきて、読み直しましたら、これは面白いと改めて感じました。私自身、児童文学に携わっていますので、知り合いの編集者数人に話して、復刊を打診してみました。しかし、その頃はまだ、父の憲法の本を復刊させる機が熟していなかったのだと思います。やっぱり難しいのかと、半ば諦めて10年が経過しました。この出版不況の時代の中で、60年以上前の本を復刻するなんて無理なのだろうと。ただ、わたしも安保法制反対の国会前デモや集会などに参加して感じたことは、本当にごく普通の若者や高齢者、家族連れの方々が参加して、一生懸命に声を上げているんですね。ひょっとすると、今だったら復刊できるかもしれない、皆さんが『憲法と君たち』を求めているのではないかと思ったのです。その頃、母も亡くなりまして、自宅で2つ並んだ両親の遺影を前にして、もう一度復刊に向けて動いてみようと、心を新たにしました。ですので、今までとはやり方を変えて、ネット社会の利を活かして、この「企画のたまご屋さん」にお願いしようと考えたのです。すると、たくさんの出版社から出版検討のオファーが来ました。大変有り難かったのですが、どこか一社に絞り込まなければなりません。担当の飯田みかさんと相談しながら進めていたときに、時事通信出版局の松永社長からのお手紙が届いたという次第です。

―― そのお手紙を読まれて、どのようにお感じになりましたか。

さとうさん:「原書の一字一句を変えずに、今の世の中に問いたい」という言葉に心打たれました。その点に大変感動を致しまして、時事通信出版局にお願いすることに決めました。

―― この本を出版なさって、周囲の反響はいかがでしたか。

さとうさん:新聞に載ったときは、びっくりした友人知人もいましたね。私が児童文学を書いていることは知っていても、憲法学者 佐藤功の娘だということは知らない人も多かったのです。また、銀座の教文館ナルニア国(子どもの本部門の売り場)にて、『憲法と君たち』の展示をしてくださったのも嬉しかったです。

■ 時代を超えて、子どもたちに伝わる情熱

―― 都内の山脇学園中学・高等学校で、副読本になったそうですね。

さとうさん:山脇学園は、私の母にとっての母校なんです。

―― 素晴らしい縁ですね。たまたまなんですか。

さとうさん:はい、偶然なんです。このお話を聞いて驚きました。

松永社長:もう1校、千葉の暁星国際中学・高等学校でも、副読本として採用されています。

さとうさん:公立の学校だと難しいかもしれませんが、私立ですとこのように、いい本だと思っていただければ独自の判断で副読本にしてもらえますので、有り難いです。

―― 生徒から何か、この本に対して感想をもらったりしたことはありましたか。

さとうさん:山脇学園では、中学3年の冬休みの読書課題だったそうなのです。そのとき、TBSのカメラが入って1時間の特別授業をさせていただきました。事前に先生から、生徒たちの読書感想文が送られてきまして、それをもとに生徒たちの前で話をしました。

―― お父様の思いが、生徒たちに伝わっているような印象を受けましたか。

さとうさん:はい、それはもう、大きなものを感じました。特別授業は1クラスを対象に行ったのですが、感想文は学年の6クラスの生徒さんが書いてくださっていて、全部目を通すのに、3日ぐらいかかったんです。感想文の用紙の裏まで使ってビッシリと書いてくれた生徒もいました。そして、本の中で感銘を受けた部分が、多くの生徒さんで重なっていたのです。まず、憲法9条の戦争放棄に関してです。今ある平和は、昔の先人たちの血と汗の結晶の上に成り立っているのだから、守らなければならないとの箇所。もうひとつは、憲法の改正が発議された場合にどうするかという箇所です。選挙権年齢が18歳に引き下げられ、憲法改正の国民投票も18歳からです。もっと憲法について勉強しなくてはと思っていたところに、この本に出会えてよかったという趣旨の感想を多くいただけたのは本当に嬉しかったです。

―― さとうさんは、戦後のお生まれですね。

さとうさん:昭和22年です。まさに、日本国憲法が公布された年ですので、不思議な縁だと思います。よく言われるのは、日本は戦争をしない国だと世界に知れ渡っているので、テロリストに狙われないと思われてきた。しかし、その立場もだんだんと危うくなってきているということです。私は、日本が世界に誇れるものは3つあると考えています。ひとつは、平和憲法、ひとつは、手塚治虫を初めとする漫画やアニメ文化、そして、美智子皇后です。美智子皇后は童話を書いておられますし、日本赤十字社の名誉総裁としてスピーチをなさっていたのをテレビで拝見しまして、本当に涙を流して感動致しました。すべての生きとし生けるもの、野の花や木々に対する愛情に満ちておられる方だと思います。

―― そのあたりが、童話作家としての感性に触れたわけですね。この『憲法と君たち』の本を通じて、現代の日本に対して伝えたい思いはありますか。

さとうさん:いよいよ憲法改正の国民投票が、現実のものになりつつあります。そんな今こそ、多くの人に読んでいただきたいと願っています。

【『企画のたまご屋さん大賞』とは?】

 

たまご屋さん大賞名物の副賞。
今年はたまご屋さんからのお祝いのメッセージ入りどら焼きでした!

一年間で『企画のたまご屋さん』から出版された本のなかから、出版プロデューサーと会員が、「面白さ・企画のユニークさ」「販売部数・オファーの多さ」という2つの観点で選んだものです。

本年は、例年の『企画のたまご屋さん大賞』に加え、たくさんの方に読んでいただいたと考えられる販売部数を重視した『よく読まれたで賞 』を選びました。

(『企画のたまご屋さん大賞2017』の対象は、2016年10月~2017年10月に企画のたまご屋さんを通じて出版された書籍)

「今年の『企画のたまご屋さん大賞』は、『よく読まれたで賞』を設けました!」は、こちら。

文責/『企画のたまご屋さん大賞』委員会 長嶺超輝