「死ぬ瞬間ってどんな感じ?」全ての人が避けては通れないけれど、謎に包まれた「死」に迫る

書評写真:死んだらどうなる

“「人は二度死ぬといわれている。一度目は実際に死ぬときであり、二度目は写真が発見され、それが誰であるか、知る人が一人もいないときだ」”

フランスの彫刻家クリスチャン・ボルタンスキーの言葉だそうです。人は死んだ後も残された者の心の中で生き続けることができる。しかし、記憶するものがいなくなった時、再び死ぬことになるという意味になります。

「死」とは一体、何か。生きているものにとって、決して避けては通れないものだけに、得体の知れない不安を感じているのは私だけではないでしょう。本書は、宗教、民族、医学の他、死の瞬間や向き合い方、ベストセラーまで、あらゆる面から「死」について検証しています。

 “死期に遭遇する人の多くは、すでに亡くなった人(親族や友人)や宗教者(イエス・キリスト等)の姿をみるという特徴があることが報告されています。”

 これは、いわゆる「お迎え」と呼ばれる現象で、最期が近くなるとすでに亡くなった親しい方などが夢枕に立つというもの。

在宅で看取りを行った遺族に対し、このお迎え現象について学術調査が行われました。その結果、4割の方がお迎え現象を体験したそうです。さらにお迎え現象を体験した方の9割の方が穏やかな最期を迎えることができたとのこと。

医学的には、お迎え現象は脳の機能低下による意識障害であるといわれています。しかし、実際に調査を行った医師は、懐かしい人のお迎えは死の不安や恐怖を和らげ、心を穏やかにしてくれるため、「最期の時期を穏やかに過ごすために、神から与えられたギフト」と言っています。

死の瞬間は脳が幸福物質で満たされるとも言われています。想像するよりも「旅立ち」とは穏やかなものなのかもしれません。

本書では、「死」についてストレートかつ淡々と語られています。「死」とは何か。細胞レベルから考えるとかなり生々しく感じそうですが、意外にも「そういうものか」と冷静に受け止めることができました。読後は不思議と穏やかな気持ちになれます。

ちなみに著者の斉藤は、人の心と「生と死」の問題をライフワークとするノンフィクションライターで、企画のたまご屋さんプロデューサーでもあります。                                             (中山寒稀)

『人は死んだらどうなるのか?』

斉藤弘子(著)/言視舎